気軽に、手軽に、もっと素敵に。

気軽に、手軽に、もっと素敵に。

3108 VIEW

江戸の伝統を今に受け継ぐ~東京下町の伝統工芸「江戸切子」の魅力

細かな細工が美しく、光に輝く切子細工のグラス。職人によって作られる美しい文様に、誰もがうっとりします。江戸時代からの技を今も受け継ぐ、東京下町の伝統工芸「江戸切子」について、詳しく探ってみましょう。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  •  

2016年5月18日更新 / DIY-navi編集部

江戸切子の誕生

日本の切子細工は1834年、江戸大伝馬町のビードロ屋、加賀屋久兵衛が、金剛砂でガラスに細工したのが始まりと言われています。切子細工のガラスは、江戸の町民文化の中で育まれ、庶民の生活に密着した品として、菓子皿から装身具まで、幅広く製造されていました。

明治6年には、当時の明治政府が唱える産業近代化政策の一環として、品川興業社硝子製作所を設立。明治14年にはイギリス人のガラス技師、エマヌエル・ホープトマンを招聘し、ヨーロッパの技術や技法を取り入れながら、伝統工芸として大きく発展しました。
大正時代に入ると、ガラス素材の研究やクリスタルガラス研磨の技法が開発され、品質も向上し、切子細工が大変盛んになりました。
昭和60年に東京都から、平成14年には国から、それぞれ日本の伝統工芸品としての指定を受け、現在も多くの切子職人が、伝統継承のため、日夜鍛錬に励んでいます。

江戸切子の特徴

透きガラスと色被

江戸切子は、透明なソーダガラス(透きガラス)や、色被(いろきせ)と呼ばれる色のついたガラスに切子細工を施し、手摺りと磨きを重ねて仕上げられているのが特徴です。色被とは透明なガラスの上に色のついたガラスを層のように重ねたもの。当初は透きガラスだけでしたが、消滅してしまった薩摩切子の特徴である色被の技法や素材も扱うことになり、これによって江戸切子は、より色鮮やかな製品へと発展していったのです。



庶民に身近な和の文様

江戸切子のもう一つの特徴は、庶民に身近な和の文様が多く刻まれている点にあります。
例えば「魚子」と呼ばれる代表的な文様は、魚の鱗や魚卵が連なったものをイメージしたと言われていますし、「籠の目」は、家の中に悪いものが入りこまないよう魔除けの役割を果たしていたと言われます。矢のように降る雨を表した「矢来」や、市松模様などが有名なチェック模様「格子」、菊や麻、笹などをモチーフにしたものなど、江戸切子にはどれも親しみのある文様が刻まれています。



制作の工程

では実際、江戸切子はどのように作られていくのでしょうか? まずガラスに模様の目安となる横線や縦線を引く「割りつけ」という作業を施します。次に回転する円盤状のダイヤモンド刃で大きく削る「荒摺り」、砥石で細かく削る「三番」で模様を削り出します。そして、回転する砥石でカットした面を滑らかにする「石掛け」、基盤ベルトと磨き粉を使って丹念に磨く「磨き」作業を経て、江戸切子が完成します。

技を未来へ引き継ぐために

江戸切子の伝統を受け継ぐ、東京都認定の伝統工芸士は18人。そして、そのほかの職人やスタッフ、弟子など、多くの人たちによって、江戸切子は支えられています。職人や加工場は、同業者同士で組合を結成すると共に、個々でも様々な活動を行い、江戸切子の魅力を世に広める活動をしています。デパートの催事や店舗での製品販売はもちろんのこと、企業やデザイナーとのコラボレーション企画、切子作家としての個展や教室の開催も行っています。伝統工芸品であると共に、本来の江戸切子の真髄である生活用品としての魅力を、もっと多くの人たちに伝えるべく、日々活動に専念しています。

例えば同じビールを飲むとしても、その器ひとつで味わいは大きく変わるものです。180年以上もの時を遡り、遥か江戸の風情や粋を感じながらの一口は、限りなく贅沢な味がするのかもしれません。
この記事が役立ったら
「いいね!」しませんか♡

スポンサードリンク

Twitterですぐに情報を受け取る
Google+で情報を受け取る Google+
カテゴリのおすすめ記事
ログイン・無料会員登録