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土と炎の魅力を未来へ~「文五郎窯」から信楽焼の今を探る

土と炎の魅力を未来へ繋いでいくために、模索し変化していく信楽焼の今を探ってみましょう。
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2016年5月3日更新 / DIY-navi編集部

滋賀県の南東部に位置する信楽町は、古くから陶芸の盛んなことで知られてきました。この地で生まれた信楽焼は、日本六石窯のひとつとして数えられています。その歴史は古く、1250年以上の伝統を誇ります。そんな信楽焼にも、今、変化の波が訪れています。

信楽焼発祥から江戸時代

信楽焼の発祥は742年。時の聖武天皇が紫香楽宮造営にあたって必要となった瓦を焼いたのが始まりとされています。以来、鎌倉時代には壺や擂鉢、室町時代には侘び茶の隆盛による茶陶器がもてはやされました。信楽焼の特徴ともいえる、土が織りなす素朴な簡素美が人気を博した時代です。そして、江戸時代には茶壺や土鍋、徳利などの日常雑器の生産を手掛け、一躍全国にその名が広まりました。

信楽焼の特性

信楽焼の特徴は、その温かみのある素朴な作りにあります。原料である土は、耐火性、可塑性に富み、腰が強いため、大きなものから小さなものまで、どんな作品にも適しているとされています。焼き上がりの土の火色(緋色)、釉薬をかけずに焼く“自然釉”の味わい。信楽焼が「土と炎が作りだした芸術作品」と評される所以はここにあります。

現代の信楽焼の産業の変化

明治に入ると火鉢の生産が盛んになりますが、生活スタイルの洋風化とともに生産は減少。現在は、植木鉢や食器、建築用タイルなどにその主軸を移しています。
このように人々の生活に沿って変化を遂げてきた信楽焼ですが、今また、新たな流れが注目を集め始めています。

現代の作家たちの新しい提案「文五郎窯」

文五郎窯は、信楽の小高い丘を登ったところにあります。創業は1862年。信楽焼の窯元として何世代にも渡り、代々伝統を受け継いできた窯元です。現在、この窯元で作品を手掛けているのは兄弟2人。兄の奥田文悟さんは、主に植木鉢や浴槽、手洗い鉢などの大型陶器を担当。弟の章さんは、食器中心の小物陶器を創作しています。

普段使いの器をリーズナブルに

章さんが手がける食器には、信楽焼の流れを受け継ぎつつも、その中に今の私たちのライフスタイルに合わせた、新しい試みがうかがえます。北欧の感覚を取り入れた、すっきりとしたやわらかいフォルム。和洋どちらにでも合うシンプルモダンな作り。普段使いできるリーズナブルで軽い器。スタイルと使いやすさをコンセプトにした、という文五郎窯の食器は、現代風にアレンジされただけでなく、使い手の側に寄り添う「日常美」に重きを置く信楽焼の伝統を見事に継承しています。

代表的な作品としては、「信楽焼新総合展」で優秀賞を受賞したリバーシブル皿。料理や気分に合わせて、表と裏、両面を使うことができる器です。何を盛りつけようか、思わずそんな楽しみが広がります。また、どっしりとした四角い箱型の調味料入れも存在感のある器のひとつ。信楽焼の素朴な雰囲気を残しつつも、重くなりすぎずどこか愛嬌のある作品になっています。

どれも、普段の料理を一層楽しめるような、そんな工夫が感じられるものばかり。人々の生活に沿って作られてきた信楽焼の歴史をそのままに、そして新しく繫いでいこうとする試みが溢れています。

世界へ、未来へ~信楽焼の展望

自治体レベルでも信楽焼の発展と継承のため、様々な取り組みが始まっています。展示会では、器だけでなく、食事やしつらえといった空間演出の提案も行われるようになりました。また、緑化タイルや照明器具など、企業や他の自治体とのコラボレーション企画も生まれています。

代々受け継がれてきた日本の伝統文化「信楽焼」。その伝統を継承し重んじつつも、枠にとらわれない「新しい信楽焼」への取り組みが、今注目され始めています。
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