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手づくりの街なみに表れるドイツ・ベルリンのDIY史

ベルリンはドイツの中では物価が安いので、若者やアーティストが多く集まり、街に活気があります。仕事がないなら自分たちで作ればいい、貧しくても自分たちでなんとかしよう、という意思のある人々が集まる都市だと言えるでしょう。
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2016年4月6日更新 / DIY-navi編集部

自分たちの生活する部屋を自分たちの手で改修することはもちろん、予算が少ないために、内装や家具をDIYで作り上げてオープンしている店が多々あります。個人経営のショップやカフェは多くの場合、住宅街の普通のアパートの1階部分を改修して運営されています。もちろん、節約のためです。カフェだけでなく、ギャラリー、クラブや小さな映画館なども、住宅街を歩いていると見かけます。こういったショップがベルリンのいい意味で雑多な雰囲気を生み出しています。

旧東西ベルリンの格差

賑やかで若者やアーティストが数多く暮らす、というイメージは旧東ベルリン地域の特徴です。第二次世界大戦後、アメリカ、イギリスら民主主義国家に支配された旧西ベルリンに対して、社会主義国家の旧ソ連によって支配された旧東ベルリン。不自由なく、豊かな生活を送っていた西ベルリンの人々ですが、それがそのまま豊かな文化を生み出すかというと、そうではないでしょう。少なくともベルリンを見ているとそう思います。旧西ベルリンの街並は綺麗で安心感はありますが、ドイツの街並としては平凡で、ドイツ西部の他の都市の風景と大差はありません。

一方で、旧東ベルリンの街並は、先に書いたように刺激と驚きが満ちていて、日々新しい発見があります。東西統合後も一向に東西格差が埋まる気配を見せませんが、それによってベルリンの歴史を感じることができ、ベルリンの魅力を際立たせています。

DIYで盗聴器!?秘密警察シュタージ

東ドイツ国民への監視体制は旧ソ連やナチスをしのぐほど厳しいものだったそうです。その常軌を逸した監視体制の象徴とされるのが、秘密警察シュタージでした。東ドイツの人々は、いったい誰がシュタージの諜報部員なのか分からない、また自分が諜報部員だと口外することも許されない状況で生活を送っていたそうです。友人、隣人、家族のことすら信頼できない。社会主義国家に対して少しでも否定的な発言や行動をすれば、逮捕されるという恐怖と隣り合わせの生活でした。

さて、少しDIYから話が逸れてしまいましたが……お互いを監視するために諜報部員が用いたのが自作の盗聴・盗撮器でした(画像1・2)。ボタン型の盗撮カメラやネクタイの裏やペンの中に隠された盗聴器。ハイテクな機材が揃わない状況下だからこそ、意外性のある、今となっては少し笑える盗聴・盗撮器が生まれました。これらの作品(?)は旧シュタージ本部だったベルリンのシュタージ博物館に展示されています。

東ドイツのDIY雑誌

東ドイツ国民は盗聴や盗撮するものだけをDIYしていたわけではありません。欲しいものを手に入れることができないならば、作ってしまおうという考えは、旧東ドイツ時代から続くものです。1970〜80年代に発行されていたDIYの月刊誌『practice』では、数多くの図面と共にDIYのアイデアが紹介されていました(画像3・4)。

ベッドや、本棚など実用的なものから、卓球台やオリジナルのボードゲームなどの娯楽ものまで幅広く掲載されています。貧しい東ドイツの人々はこの雑誌を見てDIYに励んでいたようです。



ベルリンを訪れた際は、観光ブック片手に有名なスポットを見て歩くのも良いですが、まだどこにも紹介されてない隠れたDIYショップを探し求めて歩き回るのもおもしろいものです。



photo:La Citta Vita

http://www.flickr.com/photos/49539505@N04/5852581421/
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