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新しい家族の形を作り上げた、DIYの歴史

DIYとは“Do-It-Yourself”の略で、直訳すると「自分でやる」。専門家の手を借りること無く、家具の制作や家の補修をはじめ、身の回りのものを自らの手で作ることだ。
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2015年12月26日更新 / DIY-navi編集部

DIY=「日曜大工」と、単純に捉えている人が多い。しかし、実はこの言葉、かつてはイギリスの戦後復興のスローガンであり、後に新しい技術とデザインを世に広めることになる重要なキーワードだったのである。

新しい家族像を提示した女性雑誌『Do-It-Yourself』の誕生

1950年代、第二次世界大戦後のイギリスでは、国家の復興と再建のために、国民意識を鼓舞し、一致団結するためのコンセプトを必要としていた。そこで核となったのは「家庭」だった。人々が家庭を築き、家族を持つこと。それこそが国家の物理的、精神的な再建であり、“新しい”国の安定と豊穣を象徴すべきものであったのだ。そんな中、女性雑誌『Do-It-Yourself』が1957年に発行された。 家の修繕と園芸の実用書で、挿絵ではバスルームのタイルやリビングルームの絨毯を張ったり、壁を塗ったりする女性が描かれている。そして、女性の隣にはその仕事に協力する夫。ここでは、「夫が家事や子育てなど家庭内の仕事にも喜んで関わる」という新しい家族像が提示され、家庭が女性と子供のためだけでなく、夫の居場所でもあるというアイデアを発信した。家族が協力して家の補修や改修をする構図、これはそのまま、国民による国家再建の比喩であったことは想像に難くない。

DIYの商業的展開と、モダンなデザインの普及

伝統的なイギリスの家庭の内装は、ヴィクトリア調の重厚な家具や、ニスで塗られた木製の扉などで構成される、薄暗い雰囲気のものであった。『Do-It-Youself』誌では、壁を白ペンキで塗り、扉をボードで覆って、ホコリの溜まりにくいツルッとした仕上げにすることなどが推奨され、以前の重苦しいイメージとは対照的な「軽さ」と「明るさ」を軸にした新しいデザインを広めていった。一方、アメリカではDIYのコンセプトと、新しい内装材の企業が結びついて展開していった。軽量電動ドリルやエマルション塗料やハードボードなどは、当時の新しく開発された技術だったが、メーカーは個人消費者との取引が無い状態だった。そこでプロモーションとして、DIYショップの出店、雑誌、展示会などを行い、商品の販路を形成していった。1970年代には、ついに日本にもDIYが上陸する。もともと家庭金物を取り扱っていた和気産業の重役が、1967年のモントリオール万国博覧会でイギリス館の「DIYコーナー」の盛況ぶりを目の当たりにし、事業内容をDIYの専門商社へと切り替えたというのがその始まりである。現在は全国にホームセンターが拡大し、DIYという言葉も普及してきた。

ゼロから自分の手で

イギリスの戦後復興のスローガンであり、新しい技術とデザインを世に広める冒険的なプロジェクトであったDIY。日本での認識は、まだ趣味の日曜大工程度に留まっているかもしれない。実際に、生の素材を加工して形を作る技術や、自分の周りの生活環境を造り出す知恵は、物質的に飽和した今の日本では必要不可欠ではない。しかし、簡易なイスを一つ作るのでも、質量の感覚や素材の知識、手先を操る高度な能力が求められる、極めて複雑で知的な作業なのだ。DIYは、現代で失われつつある、そうした技術や感覚を再び獲得する手法として、大きな可能性を秘めている。
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